2012年1月27日 (金)

凄え医者

凄え医者
看護婦が出て行ったドアを見ながら友達に問いかけた。
「今の子は暗算が出来んだな」
「あれでよく看護婦やってけれるな」
すると
「あんなのに驚いちゃかん」
「もっと凄え医者がいる」
と話し始めた。

「入院して前の日に下の毛を刷るら」
「うん」
「そんで一晩寝て、しりつする日の朝に点滴やるって来たもんで手え出いただん、下手だもんで四回もやっても出来んもんで男の看護師を呼んで来て、ようやっと出来ただに」
「ふーん」
「へんな敬語ばっか教えてて点滴なんか教えてへんだら」
と言ったあと声を潜めて
「医者の方がもっとひどいぞ」
「しりつ終わってから毎朝ー回診に来るら」
「うん」
「そん時医者が
(点滴やらなければいけませんね)
と、看護婦に言ったら
(私自信がありませんわ)って返事しただん、そいつがこの前四回も失敗した奴だったもんでどうなるかと見ていたら
医者が(僕も自信なくて出来ないでやって)って言ったもんでその下手な看護婦が二回も失敗して点滴しただぜ。」
「うまくやりいんで やってって ゆって やらしただぜ」と繰り返した。

「看護師が出来んことやるのが医者だら」
「それが出来んで済んじゃうなんて信じれんら」
「あの医者は博士になるから点滴が出来る必要ないと思ってるだかいなあ」
と呟くように話した友達に
「飛行機ん中で(急病人が出ました。お医者さんはいらっしゃいませんか)って放送があっても知らん顔してるだら」と言ってやった。
すると友達は言った。
「あれじゃあ医者じゃなくて医師にもなれんな」

あの凄え医者は、ただあの大学の医学部にはいる事が目的で医者になることが目的じゃなかった。彼より地方の医大卒の医者は医者の心をよりもっと強く備えていると、帰り道の車中で考えたことだった。

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2012年1月26日 (木)

凄い看護師

凄い看護師がいた。
友達が入院中で見舞いに行って来た。
「点滴でーす」と点滴バッグと点滴台を持って若い看護師が入って来た。
腕を撫でながら
「血管細いですね〜」
「はい、親指を中にしてギュッと握ってください」
「チクっとしますよ」
と看護師の声の後に
「痛っ」と大きな体の友達が悲鳴をあげた。
その声を聞くと点滴の下手な看護師にブスブス何箇所も刺されたときの痛みを思い出し座っていられなかった。
「はい、終わりました。どっこも痛くないですね」
と言ったあとにポケットから紅い色をした器具を取り出した。
点滴液が落ちている部分に近付けて人差し指で何かタッチしていた。
「10時頃終わりますね。ナースコールを押して教えて」と言ってポケットに紅い器具をしまった。

最新のこの病院はバーコードと点滴スピード読み取り器の組み合わせで時間管理をしているのだろうかと、今聞かないと教えてくれないと慌てて質問した。
「その紅い器具は点滴スピードを読み取るの」
すると
「いいえ電卓です」と返事してきた。

電卓の使い方が解らず呆気に取られている脇を看護師が通り抜けて出て行った。

考えを巡らせ電卓の使い方が解った。
「彼女は暗算が出来ないから一分間の点滴数を数えて電卓で時間計算していたのだ」

暗算が出来ない看護師は毎回電卓で計算をして時間を算出している。目で見て暗算をする看護師は数回経験すれば経験値を自然に修正しておおよその時間を即答出来る。
電卓を使っている看護師はその数値が頭に残らないから何度経験しても時間を経験値として修正できないだろう。

緊急を要する医療現場へ、電卓を出し計算して対応している人が入り込んでいると想像しただけで背筋が寒くなった。

「電卓使っていいですよ」という教育がこういう凄い看護師を送り出している。

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2012年1月25日 (水)

芋汁(とろろ汁)

いも汁は寒い季節の夕飯だった。
いつもは仕事で遅い父が芋汁の時には必ず居て「なんやかんや」と指図していたことが記憶に残っている。

簡単な芋汁(とろろ汁)の作り方を紹介しよう。
用具
電動調理器具の使用率No.1のミルサーがあると擦りおろす手間が短縮できるからミルサーの使用をお薦めする。
ステンレスボウル(すり鉢があればすり鉢)と泡立て器(すりこぎ)

小口切りしたネギを多めに用意する

だし汁を作る
あごだしを一時間くらい前に鍋の水に浸しておく沸騰して2〜3分したら出す。醤油を加え出来上がり。だしは好みで何でもよい。
醤油は少なく甘めの味付けにする。
熱い状態で使用する。

芋を擦り下ろす
では長芋、山芋、自然薯の皮を剥く。以前紹介した皮剥き器を使うと30センチ以上一気に剥けるから効率である。
3〜4センチに切る。
ミルサーの刃を擦りおろし用に交換する。
数個入れスイッチを入れる。
擦られた芋は容器の底に溜まる。
溜まった芋を別の容器に移す時刃物が抜け落ちぬよう押さえてボウルへ移す。

かき混ぜる
ボウルの芋を泡立て器でかき混ぜる。一塊になって解れないから熱いだし汁を少しづつ加えてかき混ぜる。
少し泡立ち滑らかになれば完成だ。

さあ食べよう
茶碗に二口分くらい極少量のご飯をよそう。
芋汁をご飯が泳ぐくらい沢山かける。
小口ネギをかけて啜り込むようにして食べる。
噛まない。ネギの香り、だしの香り、麦飯の香りを楽しみ啜り込んで食べるのが一番おいしい。

いも汁会の時の動画があったので滑らかさを参考にしてください。

http://youtu.be/j8FB_U1fr34

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2012年1月21日 (土)

白菜の味噌仕立て酒粕鍋 (魚も肉も使わない)

白菜の味噌仕立て酒粕鍋   (魚も肉も使わない)
大寒の頃に毎年行く酒屋さんに、純米大吟醸の酒粕が平置きに置いてあった。
入り口に「酒粕入荷しました」の張り紙があったなと思いながら
「これも一つ」と使い方を知らない事も忘れ買ってきた。
車の中が酒のアルコールの匂いが全くしない甘い香りで一杯になり今夜のメニューは酒粕を使った料理にしようと決定した。

味噌仕立ての酒粕鍋   (魚も肉も使わない)
材料
  白菜
  人参
  白ネギ
  ひらたけ(しめじ)

  あごだし  1パック
  味噌   
  純米大吟醸の酒粕   

ここから白菜を洗いさあ開始。
白菜を4センチぐらいに大きく切って鍋に起こして並べるようにいれる。
人参は4センチぐらい長さの薄切りにする。
ひらたけを裂いて入れる。
白ネギも4センチに切り立てていれる。
ここで着火強火
顎だしを野菜に満遍なく撒く。
水を1カップあごだしを流すように入れる。(水は適宜追加する)
酒粕を鍋の中で溶かす。
白ネギが煮えてやわらかくなってきたら味噌を溶き完成。

顎だしの香りと酒粕の香りが食欲をそそる。

今夜は
ゴマ鯖の筒煮と 味噌仕立ての酒粕鍋

初めての酒粕を使った料理が美味しかったようだ。
その証拠に「明日買ってきて、みんなに持ってってやろうと」言い出した。

アルコールの臭いが強い酒粕に好印象を持っていなかったが、アルコールの臭いが一切しない純米大吟醸の酒粕は香りばかりか美味しい味を引き出してくれた。

アップするには画像が欲しいが、鍋の底には汁が残っているだけだった。

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2012年1月18日 (水)

読後に感想を書きたくなる

一冊の本を読み終り積年の疑問が解け、心地よい読後感に浸っている。そして何十年ぶりに読後感想文を書いてみたくなった本に出会った。

旅行作家・茶屋次郎の事件簿「天竜川殺人事件」を昨夜読んだ。

最終ページに
中田島砂丘を訪れ遠州灘の砂丘に立った時に風に倒されそうになった。そしてその足下の砂が風で流され生き物のようであった。

その一説を読むまでは資料を寄せ集めて書いているのではと疑いながら読んでしまったが、現地取材をしてなければ倒されるほどの空っ風と砂の動きを書けないから作者は中田島と天竜川河口に足を運んでいるなと確信した。
 
と、考えが行き着くと共に天竜川の河口で空っ風に倒されまいと足を踏ん張り風に逆らい飛ぶ鳥と対岸の景色をを眺めながら構想を錬っていただろう想像した。

その姿は薄い生地のステンカラーコートの裾をちぎれんばかりに振らす強い空っ風に負けまいと左足を前に出して踏ん張り黒いコートのポケットに手を突っ込んで立っていた男に重なって見えた。

何十年も前のことで、部下の女事務員と駆け落ちした課長たちが住んでいるはずのアパートに二人が居ないと知った部長から
「川に飛び込んではいけないから探してきなさい」の命令で天竜川に探しに行った。
凸凹になった堤防の上の道を軽トラの窓に顔を張り付けるようにして探しながら河口に向かった。
強い西風を受け河口が東へ細長く延びている遙か先端に立っている黒いコートの男を発見した。車から降り寒風に身を震わせながら顔の判断がつく間近まで近づき他人と確認した。

そんなことを寒い頃天竜川の堤防の上の道路にかかるススキをかき分け車を走らせると、いつも思い出し、あの黒いコートの男は何故あんなに寒い所で対岸に目をやり、風に倒されないように踏ん張ってたち続けていただろうか?どんな職業の人が何を目的として?と必ず疑問を湧き返していた。

長いこと心に残っていたその疑問が夕べ解決した。
この作者があの時に取材で訪れた天竜川の河口に立ち推理小説の構想を錬ると共に河口までたどり着いたシーンの最終ページが出来上がったのではと納得した。

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2012年1月11日 (水)

意識調査は正確でない

帰ると留守電のランプが点滅している。誰からだろうと再生してみた。

「意識調査を行なっています。一分ほどの音声調査ですからどうぞご協力ください」
しばらく音声が途絶え
「よろしければこのボタンを二度押してください」
少しして
「このボタンを二度押してください」
 

「我が家のダイヤル式電話ではこのボタンがどれか分からぬではないか」と電話機に怒鳴ってしまった。

夜テレビで意識調査結果を発表していた。
「中の中」と答えた人が半分近くいた。
正規雇用が減り派遣かパートしか職の無い時代「中の中」がそんなにいるはずがないと考えをめぐらしてみた。

持っている携帯はロックをしてないがかかってきた事が無い。
この意識調査は固定電話でしているようだ。

若い世代では経済的理由から居を構えてブローバンドに接続しても固定電話を設置しないようだ。
特にワンルームンに単身の人は携帯でこと足りるから固定電話を必要としないだろう。

意識調査が固定電話で行われているから固定電話の設置してある「中の中」以上の家の人が答えていて、携帯しか持っていない層の意識は何も反映していない。

テレビや新聞の意識調査発表は「中の中」以上の人の意見としてみる必要があるようだ。


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2011年12月10日 (土)

イルミネーション2

HDDにあったイルミネーション画像

Ca3z6um2

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2011年11月 2日 (水)

ポンポン

ポンポンの産地は浜松でオートバイの世界三大メーカーがこの地からスタートした。
1953年頃父も群雄科挙しているオートバイメーカーのひとつの会社に勤めていた。

天龍織機株式会社から発売していた「ホープスター号」の画像が見つかった。

Photo

天龍織機株式会社自動車部(浜松市)
1953年 ホープスター

L型148cc 4サイクル SV(サイドバルブ)
フライホーイルマグネット点火
148cc (57X58mm)圧縮比6.5
最大出力3.5bhp 4000rpm 
  最高時速70km/h
足動2段変速
前輪油圧フォーク、後輪筒型ダンバー
   
車重130kg

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
■ 「浄水場んとこの坂が登れん」と試運転の結果が思わしくないらしく、毎晩遅く帰ってきていて夕飯を一緒にすることがなかった父が誰ともなく呟いて悩んでいた。

完成したポンポンを試運転を兼ねて家まで乗って帰ってきた。盗まれてはいけないので家の中に入れたが一間ちょっとのにわがポンポンで一杯になってしまった。

光り輝いていたポンポンの泥よけをそっと撫でて金属の冷たさに触れ、まだ熱が残っているエンジンの周りを触れない近さに手をかざして温もりを味わったりして何時間も過ごした。

広島のレースに同行して今で言うピットマンとして調整をしていたようだが
「名古屋T・Tレースでは15位で完走している」との記事が唯一の戦績だった。
その記事には「始動性も良く殆ど故障がなかった」と記してあったからエンジンがかかるか?かからんが第一で故障がなかったというから品質は良かったのだろう。
 

「ホープスター」が表紙を飾っていたモーターファン誌をこれみよがしに、おえにほっぽらかしてあった 。子供心でもバランスが取れているポンポンだと自慢したい気分でその雑誌がボロボロになるまでみていた

注)オートバイとかバイクと云うより「ポンポン」と云うことが多い。
マフラーから出る音がポンポンという音がしたから言い始めたのだろう。

注)一間は六尺、1.8mである。
  にわ:土間
  おえ:畳の部屋

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2011年10月28日 (金)

壁に耳あり

 お祭りで神社にいた隣の若い人たちの会話から「壁に耳あり」の意味が,私の知っている「壁に耳あり」と違うらしい事が解り早速調べてみた。

それによると「医大生が解剖室の壁に削ぎ落とした耳を投げつけたら貼り付いて取れなくなってしまった」というオカルトじみた話らしいことが分かった。
 

 落語に出てくる話から長屋の薄い壁越しに話を聞かれて、何でもばれてしまいお見通しになることを「壁に耳あり」と、覚えていた。

外国でも Wall has year と同じような諺があり、そばたてている他人の耳には気をつけろと言われているようだ。

「壁に耳あり、障子に目あり」の「障子に目あり」は破れ障子を閉めていても開いた孔から覗かれてしまうの意味だ。
 

 子供の頃お客が来ると
「あっち いってっせえ」と大人の話を聞かせてはならないと隣の部屋へ追いやられ、声だけでは我慢できず、指にたっぷり唾を付けて、障子を湿らせて音のしないようにゆっくりと押して孔を開けて覗き見をした。

 もう一つ落語で「壁に耳あり」の話があったことを思い出した。それは長屋を建て直そうかと言う話をしだすと、壁がポロポロとこぼれ始めた。壊す手間をかかせては家主に申し訳ないから自ら壁を落とし始めたと、云う話だ。

 
それと同じような経験をしたことがある。
「車を新しいのに買い替える」と、セールスマンと商談を始めるとバッテリーがあがって走らなくなったり、ウォッシャー液が出なくなって雨上がりの道を走行中に途中で何度も車を止めて窓をタオルで拭いて走ったりした。

「壁がポロポロ落ちる」という話を知っていてこれが壁に耳ありだなと、永いこと乗らせてもらった車に感謝した。

本当の「壁に耳あり」はこちらだと思い込みやすくなっているから若い人たちの話が耳に入ってきたのだろう。まさしく自分が壁になっていたな。
 

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2011年10月18日 (火)

茶匙を拾い出す

急須一杯にお茶が膨れ上がってしまった。
朝、茶匙を使わず茶筒ごと急須にいれ沢山入り過ぎたようだ。
新しく煎れなおそうとしたが、茶匙が無い。

茶筒が空になって冷凍してある新茶を補充したが、寝ぼけていたらしく茶匙を出さずドバッと入れしまった。
茶匙が無いと、朝の二の舞をしでかしてはいかんと茶匙を拾い出す方法を考えてみた。
新聞を広げて拾うでは茶筒に戻す際お茶を撒き散らしてしまう。
細くて先端が曲がっているもので引っ掛けようと道具を探した。

我が家にはお誂えのものがあった。
それは歯医者が使う歯石をかじり出すスケーラーという器具だ。
これを楊枝の代用にして歯垢を取っているから、使用後洗浄して箸立てに入っている。

それを使って茶匙のある底まで一発で届きぐりっと一回捻りながら上げれば、一発で拾い出すことができた。

物は使いようだ。
これで今朝の不快を解消した。

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2011年10月13日 (木)

浜名湖の地震・津波想定は?

明応地震の浜名湖での津波被害について検索したらそのものズバリのものがあった。
舞阪では6〜8mの津波があったと云われている。
それより下図の点で塗りつぶしてある地域では地盤沈下して浜名湖に沈んでしまっている。

 
 
恥ずかしながらこの図面を見るまでは今切れ口まで浜名湖があって津波にさらわれて切れて海とつながったと、思っていた。
この広範囲が沈下して今切れ口が出来た。

「想定では5m以上の津波が来ない」と言っているようだが本当にそれでよいのだろうか?
津波の高さとともに地盤沈下も加算することを想定に入れないと、使ってはいけない「想定外の」を使うようになるかもしれない。

下の図面は下記からコピーしました。
歴史地震 第20 号(2005) 9-12 頁
1498 年明応東海地震の津波被害と中世安濃津の被災http://sakuya.ed.shizuoka.ac.jp/rzisin/kaishi_20/03-Yata.pdf

Hamanakotunami

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テストの原稿

Xperiaからテストの原稿を送る。
携帯から投稿のアドレスで投稿したら下書きに入っていて公開してなかった。
再度 モブログで
テスト投稿してみた。
どうだろうか?

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2011年10月10日 (月)

有玉神社 東畑屋組お囃子「畑屋節」

例年は最終日の昼間に引き込んで勢揃いするだけだったが、昨年も計画していたが雨で実行できなかったが、今年初めて祭りの中日の夜にお宮へ屋台を引き込んだ。

大きな木々に囲まれた境内で見る屋台が照明で浮き上がり町内を巡行している時より立派に見えた。

お囃子を奉納する子供たちも昼間の喧騒の中で演奏するより注目されていて張り切っているようであった。

http://youtu.be/_kjhPbIC90w

youtubeでのコメント
有玉神社の祭禮で奉納される東畑屋組のお囃子「畑屋節」です。Xperiaで撮影補助光無しでも結構明るく撮れました。Xperiaのマイクですが、太鼓の音をヘッドフォ­ンで聴いて頂きたいほど低音までしっかり再生します。

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2011年10月 2日 (日)

流鏑馬通り

有玉神社では数年前までは馬かけ(流鏑馬)が祭で行われていた。

その道が流鏑馬通りと名付けらていた。

曼珠沙華をバックに一枚撮ってみた。

Dsc_0213_2

昔の祭の日には舗装してなかった砂利道に打ち水をして清め、両脇には組み上げられた櫓が立ち並んでいた。
掛けてきた農耕馬がドタドタと地響きを立てて通っていったことを思い出した。

もうすぐ祭り、この年になっても心躍る。

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2011年9月30日 (金)

おだいさまの家(テラコッタのある家)

二俣街道を上っていく途中に解体を開始した大きな家があった。
その家はおだいさまの家と知られていたが、隣に有った店舗に隠れて全容を眺めることが出来なくて、和風造りの大きな家でかわり映えがしないと、思っていた。
 

 
コンクリート塀から上に見えた家の棟飾りを見つけ
「あっ」と声を出しそうになった。
その家は洋館だった。棟飾りが円筒を積み重ね天頂の飾り物は球体で構成していた。
以前見つけた別の洋館の棟飾りにはアルファベットで苗字が刻印してあった。この洋館の棟飾りにも刻印がしてあるだろうかと興味が湧いてきて隣のコインランドリーに駐車して撮影することにした。


Youkann4

屋敷の中に入り瓦礫の上に止まっている破砕機の運転手にことわりをいれて棟飾りを一枚撮った。
 

 
Youkan1

Youkan2

アーチ型の窓枠を遠目で見たときは違い窓の汚れも無く立派なものだった。
 
それ以上に大きなホテルや百貨店でしか見たことがなかった獅子のテラコッタがあったのにはびっくりした。

Youkan2_3



  
この田舎にこんなにも立派な建物があったとは。
そしていま解体して無くなってしまう。
文化遺産と残しておくべきだったと後から騒いでも「もう無いもんね」
大正の終わりか昭和の初め頃の建物だったろうが、中途半端に古いから文化遺産扱いをしないのだろう。
昔のおだいさまの家を解体する前に具に観たかったな。
 

撮り直しに再度行ったらもう瓦が半分以上剥がされていてトリミングしたアップした。 

 

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2011年9月25日 (日)

おないどし

「えっ おないどしじゃん ふんじゃ あの人知ってるけ」
 

 
「エッ おんなしじゃん ふんなら あいつ知ってるか」

「エッ同じ年じゃないですか、それではあの人知っていますか」

追記
「おないどし」は方言ではないらしい。
「おないどし」と打ち込み変換すれば一発で「同い年」と出る。

 

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2011年9月21日 (水)

真昼の銀行強盗訓練中

 郵便局の近くを通りかかるとプラカードを持った人が数人立っていた。
赤い字で”強盗訓練中”と書いてあった。
  
訓練の様子を見たくなり急いで空き地があったので車を止めて見ていたら、黒ずくめの二人組が郵便局の中に入っていった。
 

 
 
「オー始まったじゃん」と急いでポケットから”XPERIA”を取り出して大急ぎでロックを外しカメラの動画モードにしてスイッチONした。
 
車も通らない静寂な住宅街の中にある郵便局の前に白い車だけが止まっている。
 
「ウオー」
「○ⅹ※口↑0◎●回c☆○」と大ききな声が突然静寂を破り聞こえてきた。
いよいよ金銭要求の場面だろうと想像していた。
郵便局前は何事も無いように数台の車が通り抜けていく。
 
 

 
 
暫くしたら一人の黒服の男が飛び出てきて車に滑り込んだ。と同時に黒い鞄を抱えたもう一人の黒服の男が車に飛び込んだ。
 
静寂を突き破る"非常ベル"がけたたましく鳴り響き職員二人が追い掛けて出た来た。
"カラーボール”を投げるだろうと予測していたが車が汚れてはいけないから止めたのだろう。職員は車に近づいただけだった。

強盗の車が少し動き始めた。とその時後から大きな車が通りかかり犯人の車は停止した。
事件ならば交通事故を起こしながら逃走しただろうが訓練だからそこで終わりとなった。
 
ニュースでよく見る”強盗訓練”外側の状況を見る事が出来た。
動画もしっかり撮る事ができた。

http://youtu.be/1v448Sq46TY

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2011年9月17日 (土)

夢の続き

三日ほど前に
「私パン屋を始めたの一つ食べてみてください」と、三年前まで同じ部署にいた娘が
「懐かしいわ」と言いながら葡萄を練りこんだロールパン・クロワッサン・コーンクリームパンの三種類を車の座席に置いてくれた。

 
今日は盛り返してきた暑さに負けソファーに寝転がっていた。
暫くしてウトウトと眠りにつき夢を見た。
 

 
兄貴の家に遊びに行くと
姪が専門学校の文化祭に行って
「パンが安かったので買ってきた。一つ食べるけ」と三種類のパンを手渡してきた。
「そういや 此の前誰かに貰ったなあ」と、思いつつドアを開けると座席に先日貰った三種類のパンが転がっていた。
 

 
「あのパン座席に置きっぱなしじゃん」とそこで目が覚めた。
急いで飛び起きて車を覗いてみたがパンはそこになかった。

 
三日前に貰ったことも夢だったのか。
夢の続きがあったとは。
 

 
それとも三日前に貰ったところから今日夢を見た?
今は確信持てないけど三日前にあの夢を見たような気がする。

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2011年9月10日 (土)

恥を掻かずにすんだ

陸前高田「復興の一本松」のニュースを聞き、戦後浜松の焦土と化した市の中心部に一本だけ残っていた木があったことを記録写真で知っていたが、

Ancient01_thumb 

松菱前の十字路の真ん中に有った焼け残ったプラタナスと同一とは知らなかった。

恥ずかしながらその写真を見るたびに焼けずに残った木は枝振りから「松」だと思い込んでいたからだ。
浜松市制百周年記念誌「ももとせ」の市民の木の記事で「松」ではなくて「プラタナス」と知った。
 

 
「松」だと思っていたから陸前高田の人たちに応援記事を書こうと思っていたが、記念誌を読んで恥を掻かずにすんだ。

 陸前高田の一本だけ残った松も復興のシンボルとして浜松の焦土に残った「プラタナス」のように生き延びてほしいと思っている。

何回見ても「松」のように見えるなあ。

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2011年9月 9日 (金)

飛んで来たトンボ

久しく棚田へ行っていない。昨夜と今夕と続いてテレビの画面に棚田が出てきた。
蝶々ばかり狙っていて庭の萩が満開になっているのに気が付かなかった。
以前は市の花と言われていた萩は種が飛んできて自生したものだ。
扱いでも扱いでも生えてくる。庭の土壌が萩に適しているからだろう。
 

 
Dsc_02060001


マクロレンズを使ってみた。
風が強く全部ぶれてしまった。
 

そこへ塩辛トンボがやってきた。
逆光の位置から撮ろうと立ち上がったら逃げてしまい十分待っても戻ってこなかった

 
Dsc_02010001


マクロはオートフォーカスでは捉えられない。

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