金環日食をピンホールで
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今年もはちこうが採れたと持ってきてくれた。
今年は炊き込みご飯にして旬を味わうことにした。
竹の子の皮を剥くとき根元から先端まで包丁を一本入れて割くようにして一気に皮を剥く方法でお袋がやっていたことを思い出し一気に皮を剥いてみた。

切ったところ濃い緑色をしているが硬くなく適度な歯応えがある。

醤油少々(4合で大さじ二杯)酒大さじ一杯だけで普通の炊き方で炊いた。
はちこうのあのいい香りが消えてしまうからきのことか椎茸など他の具材を入れてはいけない。
季節は香りが持ってきてくれるから香りも味の一つだ。
料理番組で臭みを消しましょうと調味料をいっぱい使うがあれは調味料の業界の宣伝だから臭みと言っている。
香りを楽しむにはいろいろ入れず素のままがいい。
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気がつけば一才藤の花芽が一気に膨らみ始めている。桜が咲き始めたばかりなのに樟もヤマニッケイも柿も芽吹いている。
感じる寒さより温かいのだろうか?
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去年のこの日の写真
去年のこの日浜松から離れ土岐のアウトレットに出かけていた。
この日は朝から理由はわからないが何となく気分が滅入っていた。それが東名で流れる景色をビデオが壊れていて撮れないと知ると益々膨れ上がった。
先日、車に置き忘れていたビデオの上に玄米の紙袋を降ろした時グキッと変な音がしていた事を思い出した。あの玄米がデイスプレイのヒンジ部分を折り表示をオンオフスイッチを破壊しているようだった。安物だからと粗雑に扱っていた罰が当ったと諦めても、動画を撮れない不満が増していた。
アウトレットは石畳と坂道が多く揺れを感じなかったから東日本の大地震を関西の友人の
「大きく揺れたね大丈夫?」のメールで地震があったこと知った程度だった。
物欲が薄れている身にはアウトレットは「つまらん」の一言で済むものだ。
失っていた一眼レフの
レンズキャップを買い求めその場で装着した。
キャップを着けただけなのにテスト撮影をしたくなり建物のハズレに行き遠くの山を数枚撮った。
まだその時は地震の状況を知らなかったが、雪雲とは違うドス黒い雲が目に焼き付き不安な気持を抱いてシャッターをきった。
東名高速道路を赤色灯を点滅させて消防車が列を作って走っている。
ビデオが半開きの状態なら撮影できるようであったので珍しい消防車の隊列の動画を収めたが、これは何か大変な事になっているとカーステレオの音楽からワンセグに切り替えた。
安藤キャスターがヘルメットを被って放送している様子が飛び出てきた。
あの消防車は大規模災害で出動して被災地へ向かっているところだったと知るのだった。
車載テレビから津波の様子が伝えられていたが、夜が更けて家の大きなブラウン管
テレビで見るまでは実感が湧かなかった。
それから数日後にカメラからPCに画像を転送した。
ドス黒い雲、異様な形をした雲が山の手前から山の彼方まで点在していた。
この山の名前を調べてみたら恵那山らしい、瑞浪から恵那山の先は北の方向だった。
大きな揺れを体験する事が無かったから外国から見ているのと変わりなかった。YouTubeに投稿されている数多くの津波の動画を見て、車がプカプカ浮かび流され転がり落ちる悲惨な津波の光景を目にしてから、遊びに行った先で撮った画像をブログに掲載してはいけないと遠慮してそのままにして残すことにして一年が過ぎた。
あの日以来軽薄な文章を書いてはいけないと自分を戒めてそれ以外の記事も書くことができなくなってしまった。
一年が過ぎて去年のこの日に撮った北の空の画像をアップし、あの日の行動を記事にして次に進むことにする。
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「孫がおもちゃにしていて動かんくなった」
「お店え持ってったら、買い直さにゃダメだねって云うもんで15万出して新しいの買った」
「写真がどうしても欲しいのん あるで なんとかならんかねえ」
と、いかれたPCを持ってきた。
「店の人ん云うにゃー 静電気でやられたかもしらんねって云ってた」
と言っていたが、静電気なら電源はだいじょうぶだろうと、コンセントを入れてみた。
電源ランプも点灯しない。
「2才の孫が乱暴に扱っていた」という言葉が引っ掛かり電源供給部分が壊れているだろうとPCのジャック部の外周に触れるV字状に曲げてある部品を細いドライバーで中側にまげてみた。
コンセントを継ぐと電源表示ランプが点灯した。
やはり電源の接触不良だけだった。
販売店は製品を売り込むのが大前提だから
「動かないの」と言えば
「診てあげますから持ってらっしゃい」
と、さも直してあげますよと答え、電源ランプがつかなければ静電気の話を持ち出して新製品を売り込んだ。
持っていった当人はPCを使えぬから売り込みにのりすぐ買ってしまった。
早速USBメモリーを買ってきて写真をコピーして帰っていった今日の出来事だった。
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踏みつけられて育つ麦
立春も過ぎ心は春、この時期になると毎年思い出すことがある。
北風が吹く中で耳当てをして毛糸の手袋をしてポケットに手を入れて小さい歩幅で蟹のように横歩きでした麦踏みだ。
風は強いもうすぐ春と待つ気持ちが寒さを堪えさせる。風になびく伸びはじめの麦の葉を踏む。麦は折れる事もなく足を一歩上げればすぐもとに戻る。
「てんだえ」と、言われていろいろ手伝ったがこの麦踏みだけは逃げ出すような気持ちにならなかった。兄弟は寒くて出て来なく母と二人でする事が多かった。
踏みにじるようにしても立ち上がる麦の生命力と戦うような遊び気分が抑圧に耐えていた気持を満たしてくれたのだろう。
体が熱くなり頬に触れる北風が心地よくなる。この心地良さがこの作業を楽しませる元で枯れ枝が飛び舞う景色の中にいても春の息吹を地面から吸出し伸び始める麦の風になびく様子を目に残してくれた。
「 何故麦踏みをする」と言う疑問すら浮かばなかった。雑草が踏まれても踏まれても立ち上がり伸びるように逞しい生命力が踏む事でついてくるだろうと思っていた。
辞典を開いてみた
むぎ‐ふみ【麦踏み】
早春に麦の芽を足で踏みつける作業。霜柱を防いで根張りをよくし、また、麦が伸びすぎないようにするために行う。
麦踏みを思い出すと一緒についてくる思い出がある。
伸びはじめた麦が風になびく様子から父が満州の草原で耳元をかすめて行く銃弾の中を匍匐前進していた地にも若々しい草が伸び風でなびいていただろうと想像していた。春とも秋とも父は言っていなかったが、秋の枯れ草の中で銃弾の流れる音を聞いていたとは思いたくなかった。
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何十年も前にはわいへ行って泳いだことを思い出した。
町に一軒しかない万屋の縁側でカキ氷を食べているとペンギン歩きのおばあさんがやって来た。
「電話借りる」と言って電話機に向かった。
ロボットの顔のようなベルと送話口のある電話機だった。まだダイヤル式ではなくて電話機の横について行るハンドルを回して
「**からハワイの○○番頼みます」と小声で言った。
あのおばあさんハワイへ電話するのと耳を疑った。すると大きな声で
「そうハワイの○○番」と再度ハワイと言った。
ジリジリとベルが鳴った。
おばあさんが受話器を耳に当て送話口に向かって
「元気ですか」と話を始めた。
隣のかき氷が冷たくて上を向いて我慢している営業所員に
「あのおばあさハワイの人と はないて いるのけ」
と聞くと
「ハワイははわいでも隣町の羽が合うと書く羽合だ」
と教えてくれた。
「そこに海水浴場があるで泳ぐか」と羽合の海に行った。
椰子の木もない普通の海水浴場であった。ハワイアンの音楽も聞こえないしレイを持って待っているはずのムームー姿も見つけることが出来なかった。そこは鳥取の羽合だから居るはずもなかった。
羽合の海より白兎海岸の鱶が泳いでくるのではと不安な気持ちで岩から岩と泳いで渡ったことが記憶に強く残っている。
今年の夏は「はわいで泳いできた」と騙す楽しみをもって行く人が増えるかも。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
CMで羽合のことをやっていた。
懐かしくググってみれば羽合海岸にも椰子の木が生えていた。
冬には羽合で雪を被った椰子の木が見れるだろう。
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厄年の節分に搗く餅をなた餅とよんでいる。
普通の餅搗きと変わっている点がある。
一升の餅を一人で搗く。搗き上がるとのし板を使わず箕に黄粉を敷いた上で延ばしちょっと大きめに丸くしていた。(一番新しい箕を前日に水洗いして使っていた)
和紙で包んだなた餅を持った厄年の人が家から出る時は、家中の明かりを消して真っ暗闇の中を出発した。出た事を確かめてから明かりを点けた。
厄年の人は
人にあっても言葉を交わしてはいけない。
振り返って後ろを見てはいけない。
四辻になた餅を落としてくる。
行く時と帰る時は同じ道を通ってはいけない。
この約束事を守って厄落しをした。
寝坊助だったから毎年四辻になた餅がないかと翌朝行っても見つけることができなかった。
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遠州鉄道の四季(降雪)
悪い癖を持っていて雪が降ると心弾んでしまう。昨夜の天気予報の影響を受けただろうか、目覚める前に緑濃い木に白い雪が舞い降りている様子が目に浮かんだ。
「おっ雪が降ってる」とそれが引き金になり、一気に目覚めて飛び起き雨戸を開けると、楠に雪が目に浮かべた通りに舞い降りていた。
遠州鉄道の四季のなかに入れたいと、思っていた唯一撮ってない降る雪の中を走るシーンが撮れるチャンスがきた。
大慌てで身支度をして長靴を履いて定点としている撮影ポイントに向かった。
途中に雪が小降りになり止んでしまうかと心配したが、電車が通る時は真っ白になり、雪を舞い除けてだんだんと赤い色が濃くなっていく様子を撮ることができた。
長靴は大袈裟かと思ったが大正解であった。電車を待つ短い時間に肩が真っ白になるほど降ってきて、スニーカーだったら冷えて待ちきれなかっただろう。
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凄え医者
看護婦が出て行ったドアを見ながら友達に問いかけた。
「今の子は暗算が出来んだな」
「あれでよく看護婦やってけれるな」
すると
「あんなのに驚いちゃかん」
「もっと凄え医者がいる」
と話し始めた。
「入院して前の日に下の毛を刷るら」
「うん」
「そんで一晩寝て、しりつする日の朝に点滴やるって来たもんで手え出いただん、下手だもんで四回もやっても出来んもんで男の看護師を呼んで来て、ようやっと出来ただに」
「ふーん」
「へんな敬語ばっか教えてて点滴なんか教えてへんだら」
と言ったあと声を潜めて
「医者の方がもっとひどいぞ」
「しりつ終わってから毎朝ー回診に来るら」
「うん」
「そん時医者が
(点滴やらなければいけませんね)
と、看護婦に言ったら
(私自信がありませんわ)って返事しただん、そいつがこの前四回も失敗した奴だったもんでどうなるかと見ていたら
医者が(僕も自信なくて出来ないでやって)って言ったもんでその下手な看護婦が二回も失敗して点滴しただぜ。」
「うまくやりいんで やってって ゆって やらしただぜ」と繰り返した。
「看護師が出来んことやるのが医者だら」
「それが出来んで済んじゃうなんて信じれんら」
「あの医者は博士になるから点滴が出来る必要ないと思ってるだかいなあ」
と呟くように話した友達に
「飛行機ん中で(急病人が出ました。お医者さんはいらっしゃいませんか)って放送があっても知らん顔してるだら」と言ってやった。
すると友達は言った。
「あれじゃあ医者じゃなくて医師にもなれんな」
あの凄え医者は、ただあの大学の医学部にはいる事が目的で医者になることが目的じゃなかった。彼より地方の医大卒の医者は医者の心をよりもっと強く備えていると、帰り道の車中で考えたことだった。
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凄い看護師がいた。
友達が入院中で見舞いに行って来た。
「点滴でーす」と点滴バッグと点滴台を持って若い看護師が入って来た。
腕を撫でながら
「血管細いですね〜」
「はい、親指を中にしてギュッと握ってください」
「チクっとしますよ」
と看護師の声の後に
「痛っ」と大きな体の友達が悲鳴をあげた。
その声を聞くと点滴の下手な看護師にブスブス何箇所も刺されたときの痛みを思い出し座っていられなかった。
「はい、終わりました。どっこも痛くないですね」
と言ったあとにポケットから紅い色をした器具を取り出した。
点滴液が落ちている部分に近付けて人差し指で何かタッチしていた。
「10時頃終わりますね。ナースコールを押して教えて」と言ってポケットに紅い器具をしまった。
最新のこの病院はバーコードと点滴スピード読み取り器の組み合わせで時間管理をしているのだろうかと、今聞かないと教えてくれないと慌てて質問した。
「その紅い器具は点滴スピードを読み取るの」
すると
「いいえ電卓です」と返事してきた。
電卓の使い方が解らず呆気に取られている脇を看護師が通り抜けて出て行った。
考えを巡らせ電卓の使い方が解った。
「彼女は暗算が出来ないから一分間の点滴数を数えて電卓で時間計算していたのだ」
暗算が出来ない看護師は毎回電卓で計算をして時間を算出している。目で見て暗算をする看護師は数回経験すれば経験値を自然に修正しておおよその時間を即答出来る。
電卓を使っている看護師はその数値が頭に残らないから何度経験しても時間を経験値として修正できないだろう。
緊急を要する医療現場へ、電卓を出し計算して対応している人が入り込んでいると想像しただけで背筋が寒くなった。
「電卓使っていいですよ」という教育がこういう凄い看護師を送り出している。
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いも汁は寒い季節の夕飯だった。
いつもは仕事で遅い父が芋汁の時には必ず居て「なんやかんや」と指図していたことが記憶に残っている。
簡単な芋汁(とろろ汁)の作り方を紹介しよう。
用具
電動調理器具の使用率No.1のミルサーがあると擦りおろす手間が短縮できるからミルサーの使用をお薦めする。
ステンレスボウル(すり鉢があればすり鉢)と泡立て器(すりこぎ)
小口切りしたネギを多めに用意する
だし汁を作る
あごだしを一時間くらい前に鍋の水に浸しておく沸騰して2〜3分したら出す。醤油を加え出来上がり。だしは好みで何でもよい。
醤油は少なく甘めの味付けにする。
熱い状態で使用する。
芋を擦り下ろす
では長芋、山芋、自然薯の皮を剥く。以前紹介した皮剥き器を使うと30センチ以上一気に剥けるから効率である。
3〜4センチに切る。
ミルサーの刃を擦りおろし用に交換する。
数個入れスイッチを入れる。
擦られた芋は容器の底に溜まる。
溜まった芋を別の容器に移す時刃物が抜け落ちぬよう押さえてボウルへ移す。
かき混ぜる
ボウルの芋を泡立て器でかき混ぜる。一塊になって解れないから熱いだし汁を少しづつ加えてかき混ぜる。
少し泡立ち滑らかになれば完成だ。
さあ食べよう
茶碗に二口分くらい極少量のご飯をよそう。
芋汁をご飯が泳ぐくらい沢山かける。
小口ネギをかけて啜り込むようにして食べる。
噛まない。ネギの香り、だしの香り、麦飯の香りを楽しみ啜り込んで食べるのが一番おいしい。
いも汁会の時の動画があったので滑らかさを参考にしてください。
http://youtu.be/j8FB_U1fr34
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白菜の味噌仕立て酒粕鍋 (魚も肉も使わない)
大寒の頃に毎年行く酒屋さんに、純米大吟醸の酒粕が平置きに置いてあった。
入り口に「酒粕入荷しました」の張り紙があったなと思いながら
「これも一つ」と使い方を知らない事も忘れ買ってきた。
車の中が酒のアルコールの匂いが全くしない甘い香りで一杯になり今夜のメニューは酒粕を使った料理にしようと決定した。
味噌仕立ての酒粕鍋 (魚も肉も使わない)
材料
白菜
人参
白ネギ
ひらたけ(しめじ)
あごだし 1パック
味噌
純米大吟醸の酒粕
ここから白菜を洗いさあ開始。
白菜を4センチぐらいに大きく切って鍋に起こして並べるようにいれる。
人参は4センチぐらい長さの薄切りにする。
ひらたけを裂いて入れる。
白ネギも4センチに切り立てていれる。
ここで着火強火
顎だしを野菜に満遍なく撒く。
水を1カップあごだしを流すように入れる。(水は適宜追加する)
酒粕を鍋の中で溶かす。
白ネギが煮えてやわらかくなってきたら味噌を溶き完成。
顎だしの香りと酒粕の香りが食欲をそそる。
今夜は
ゴマ鯖の筒煮と
味噌仕立ての酒粕鍋
初めての酒粕を使った料理が美味しかったようだ。
その証拠に「明日買ってきて、みんなに持ってってやろうと」言い出した。
アルコールの臭いが強い酒粕に好印象を持っていなかったが、アルコールの臭いが一切しない純米大吟醸の酒粕は香りばかりか美味しい味を引き出してくれた。
アップするには画像が欲しいが、鍋の底には汁が残っているだけだった。
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一冊の本を読み終り積年の疑問が解け、心地よい読後感に浸っている。そして何十年ぶりに読後感想文を書いてみたくなった本に出会った。
旅行作家・茶屋次郎の事件簿「天竜川殺人事件」を昨夜読んだ。
最終ページに
中田島砂丘を訪れ遠州灘の砂丘に立った時に風に倒されそうになった。そしてその足下の砂が風で流され生き物のようであった。
その一説を読むまでは資料を寄せ集めて書いているのではと疑いながら読んでしまったが、現地取材をしてなければ倒されるほどの空っ風と砂の動きを書けないから作者は中田島と天竜川河口に足を運んでいるなと確信した。
と、考えが行き着くと共に天竜川の河口で空っ風に倒されまいと足を踏ん張り風に逆らい飛ぶ鳥と対岸の景色をを眺めながら構想を錬っていただろう想像した。
その姿は薄い生地のステンカラーコートの裾をちぎれんばかりに振らす強い空っ風に負けまいと左足を前に出して踏ん張り黒いコートのポケットに手を突っ込んで立っていた男に重なって見えた。
何十年も前のことで、部下の女事務員と駆け落ちした課長たちが住んでいるはずのアパートに二人が居ないと知った部長から
「川に飛び込んではいけないから探してきなさい」の命令で天竜川に探しに行った。
凸凹になった堤防の上の道を軽トラの窓に顔を張り付けるようにして探しながら河口に向かった。
強い西風を受け河口が東へ細長く延びている遙か先端に立っている黒いコートの男を発見した。車から降り寒風に身を震わせながら顔の判断がつく間近まで近づき他人と確認した。
そんなことを寒い頃天竜川の堤防の上の道路にかかるススキをかき分け車を走らせると、いつも思い出し、あの黒いコートの男は何故あんなに寒い所で対岸に目をやり、風に倒されないように踏ん張ってたち続けていただろうか?どんな職業の人が何を目的として?と必ず疑問を湧き返していた。
長いこと心に残っていたその疑問が夕べ解決した。
この作者があの時に取材で訪れた天竜川の河口に立ち推理小説の構想を錬ると共に河口までたどり着いたシーンの最終ページが出来上がったのではと納得した。
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帰ると留守電のランプが点滅している。誰からだろうと再生してみた。
「意識調査を行なっています。一分ほどの音声調査ですからどうぞご協力ください」
しばらく音声が途絶え
「よろしければこのボタンを二度押してください」
少しして
「このボタンを二度押してください」
「我が家のダイヤル式電話ではこのボタンがどれか分からぬではないか」と電話機に怒鳴ってしまった。
夜テレビで意識調査結果を発表していた。
「中の中」と答えた人が半分近くいた。
正規雇用が減り派遣かパートしか職の無い時代「中の中」がそんなにいるはずがないと考えをめぐらしてみた。
持っている携帯はロックをしてないがかかってきた事が無い。
この意識調査は固定電話でしているようだ。
若い世代では経済的理由から居を構えてブローバンドに接続しても固定電話を設置しないようだ。
特にワンルームンに単身の人は携帯でこと足りるから固定電話を必要としないだろう。
意識調査が固定電話で行われているから固定電話の設置してある「中の中」以上の家の人が答えていて、携帯しか持っていない層の意識は何も反映していない。
テレビや新聞の意識調査発表は「中の中」以上の人の意見としてみる必要があるようだ。
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ポンポンの産地は浜松でオートバイの世界三大メーカーがこの地からスタートした。
1953年頃父も群雄科挙しているオートバイメーカーのひとつの会社に勤めていた。
天龍織機株式会社から発売していた「ホープスター号」の画像が見つかった。

天龍織機株式会社自動車部(浜松市)
1953年 ホープスター
L型148cc 4サイクル SV(サイドバルブ)
フライホーイルマグネット点火
148cc (57X58mm)圧縮比6.5
最大出力3.5bhp 4000rpm
最高時速70km/h
足動2段変速
前輪油圧フォーク、後輪筒型ダンバー
車重130kg
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
■ 「浄水場んとこの坂が登れん」と試運転の結果が思わしくないらしく、毎晩遅く帰ってきていて夕飯を一緒にすることがなかった父が誰ともなく呟いて悩んでいた。
完成したポンポンを試運転を兼ねて家まで乗って帰ってきた。盗まれてはいけないので家の中に入れたが一間ちょっとのにわがポンポンで一杯になってしまった。
光り輝いていたポンポンの泥よけをそっと撫でて金属の冷たさに触れ、まだ熱が残っているエンジンの周りを触れない近さに手をかざして温もりを味わったりして何時間も過ごした。
広島のレースに同行して今で言うピットマンとして調整をしていたようだが
「名古屋T・Tレースでは15位で完走している」との記事が唯一の戦績だった。
その記事には「始動性も良く殆ど故障がなかった」と記してあったからエンジンがかかるか?かからんが第一で故障がなかったというから品質は良かったのだろう。
「ホープスター」が表紙を飾っていたモーターファン誌をこれみよがしに、おえにほっぽらかしてあった 。子供心でもバランスが取れているポンポンだと自慢したい気分でその雑誌がボロボロになるまでみていた
注)オートバイとかバイクと云うより「ポンポン」と云うことが多い。
マフラーから出る音がポンポンという音がしたから言い始めたのだろう。
注)一間は六尺、1.8mである。
にわ:土間
おえ:畳の部屋
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お祭りで神社にいた隣の若い人たちの会話から「壁に耳あり」の意味が,私の知っている「壁に耳あり」と違うらしい事が解り早速調べてみた。
それによると「医大生が解剖室の壁に削ぎ落とした耳を投げつけたら貼り付いて取れなくなってしまった」というオカルトじみた話らしいことが分かった。
落語に出てくる話から長屋の薄い壁越しに話を聞かれて、何でもばれてしまいお見通しになることを「壁に耳あり」と、覚えていた。
外国でも Wall has year と同じような諺があり、そばたてている他人の耳には気をつけろと言われているようだ。
「壁に耳あり、障子に目あり」の「障子に目あり」は破れ障子を閉めていても開いた孔から覗かれてしまうの意味だ。
子供の頃お客が来ると
「あっち いってっせえ」と大人の話を聞かせてはならないと隣の部屋へ追いやられ、声だけでは我慢できず、指にたっぷり唾を付けて、障子を湿らせて音のしないようにゆっくりと押して孔を開けて覗き見をした。
もう一つ落語で「壁に耳あり」の話があったことを思い出した。それは長屋を建て直そうかと言う話をしだすと、壁がポロポロとこぼれ始めた。壊す手間をかかせては家主に申し訳ないから自ら壁を落とし始めたと、云う話だ。
それと同じような経験をしたことがある。
「車を新しいのに買い替える」と、セールスマンと商談を始めるとバッテリーがあがって走らなくなったり、ウォッシャー液が出なくなって雨上がりの道を走行中に途中で何度も車を止めて窓をタオルで拭いて走ったりした。
「壁がポロポロ落ちる」という話を知っていてこれが壁に耳ありだなと、永いこと乗らせてもらった車に感謝した。
本当の「壁に耳あり」はこちらだと思い込みやすくなっているから若い人たちの話が耳に入ってきたのだろう。まさしく自分が壁になっていたな。
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